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コトバ・シグサ・アイ

二宮神山担の思うこと

【乗り越えて強くなれた】神山智洋くんにありがとう。

All my Love

勇気をくれて ありがとう

 

 

ジャニーズWESTの初ドーム公演に参加して思った事、私の思いを綴ります。まず、神山智洋くんとの出会いを振り返り、神山くんへの愛を綴ります。

 

私が神山智洋くんと出会ったのは、2013年。元々私は二宮和也のファンで、二宮繋がりで西畑大吾くんを知り興味を持っていました。その頃アイドル誌で当時「7WEST」として活動する神山くんもなんとなく目にしていました。西畑くんが二宮担であるように、神山くんは錦戸担でした。アイドル誌に載っている文章には よくギターでエイトの曲を演奏している、と書かれていて、当時安田章大のファンでもあった私は神山くんの存在を「エイターのJr.」として認識していました。

そんなほとんど知識もないまま、関西ジャニーズJr.初全国ツアーにグッズ参戦し、西畑くんの団扇や7WESTのクリアファイル、タオルを買いました。今もクリアファイル飾ってます。この頃すでに7WESTは4人でしたが、竹本くんと新垣くんが退所する前もアイドル誌で6人の7WESTを見ていたので、知ってるJr.の退所はこの2人が初めてだったと思います。ツイッターで仲良くなりリアルでも仲良くしてくれている愛方兼嫁の先輩神山担が2人の退所について呟いていたのも覚えてます。「Jr.が辞めてしまう恐怖」をこのとき初めて知りました。Jr.の世界の過酷さを感じました。

 

 

24魂の挨拶で、淳太くんが「もう逃げない」と強く語っていました。私は当時の関西ジャニーズJr.を全力で応援していた訳ではないので、詳しい事は何も分かりませんが、淳太くんは、現ジャニーズWESTの7人はJr.の世界の過酷さの中で何年も耐え続け、悲しみ別れも経験しながら、輝きを纏い、強くなったんですよね。そんな7人と私は京セラドームの景色を共に見ました。7色に光るペンライトで、7色に輝く7人を照らしながら。

 

 

ジャニーズカウントダウンコンサートでしげ、照史くん、淳太くん、のんすけがジャニーズWEST4として登場したあの瞬間は「へぇ、おめでとう」なんて思っていました。でもすぐに、あれ?と気付いてしまったのです。私の知ってる人がいないと。正月からツイッターは大荒れ。そこで、私の知っていた7WESTが解体された、と気付いてしまったのです。その後、何ヶ月か経った後に神山くん、流星、濱ちゃんが加わりデビューを果たしたジャニーズWESTを、私はやや遠くから見ていました。元々私はデビュー組担であり、関ジュ担ではなかったですから。7人のメンバーカラーが発表されたというレポをツイッターで見たのは覚えてます。この時の私を叱ってやりたいです。「あんなに素敵な7人をどうしてデビュー当時から応援しないんだよ!!」と。母が元からしげに興味があったらしく1stアルバムは買いました。なんとなく聞いてなんとなくDVDも見て、元気でキラキラした人たちだなぁ、と思ってました。

 

2015年の年明け、私の母が突然重岡大毅に会いたいと言い出し応募して当たってしまった「ジャニーズWEST 1stコンサート 一発めぇぇぇぇぇぇぇ!」横アリ公演1日目に行きました。一発めぇぇぇぇぇぇぇの一発目。その瞬間に立ち会うことができました。私にとって初めての横浜アリーナ。席はセンターの本ステ寄りでものすごく近かったんです。トロッコですぐ横をメンバーが通りました。そこで、赤い汗を流す神山智洋という男に惚れました。まだその頃は神ちゃんと呼んでいました。間近で見た神山くんかっこよかったなぁ…

それから愛方兼嫁の先輩神山担に同行させてもらい、パリピポも参加しました。ちょっとずつちょっとずつ、神山担への道を歩いていました。そして今年、2016年の1月にラッキィィィィィィィ7に参加し、本格的に神山担を名乗ることを決めました。それからの私の1年は、まさに激動の1年でした。

私は現在高校3年生です。普通科ではなくとある専門学科に通っています。受験はすぐに終わりましたが、卒業制作で散々悩み苦しみ、山積みの課題に追われ、この1年、追い込まれて辛い時が何度もありました。現在年明けに迫る課題にも頭を悩ませている状況です。高校3年間は人生の中でもかなり濃い時間だと思いますが、私が高校3年生として過ごしたこの1年は本当に濃く、辛い事もあった分、楽しくて幸せな事もありました。

そんな私の生活の一部として、ジャニーズWESTが存在していました。今年のジャニーズWESTは個人のお仕事が多く、それぞれの活躍を見ることができた年でした。そんな7人を応援しながら、7人の煌めきを感じながら、私は私なりにいくつかの困難を乗り越えてきました。ジャニーズWESTの歌を聴いて、ラジオを聴いて、歌い踊る姿を見て、それぞれのお仕事で輝く姿を見て、私の夢も叶えなきゃいけないと強く感じました。

 

 

私は元々嵐と関ジャニ∞のファンでした。経済的理由もあり現在関ジャニ∞のファンはやってませんが嵐は今でも現役です。人生の半分くらい二宮和也を応援してます。そこに突然現れた神山くんという光、ジャニーズWESTという煌めき。その煌めきが、私が今まで応援してきたグループと明らかに違うのは「熱い精神」です。デビュー前から先輩の姿を見て努力を続け、グループとしての若さやスキルの高さを武器に、終わらない道をファンと共に進むこの精神が大好きなんです。今回のドームもそうです。「ドームで出来ることが当たり前じゃない」と思っているからこそ、自分たちらしい全力のパフォーマンスを見せてくれたし、「ドームと名の付くところは他にもあります」と言ってまだまだ高みを目指す姿勢も見せてくれました。

 

 

 

24日の挨拶で、神山くんはこう語りました。(ニュアンス)

大きな仕事が決まったら、自分の事のように喜んでくれる

ジャスミンがみんなでよかった

会いたいときに会える関係じゃないけれど、こうして会えたときには思い切り笑顔で楽しみたい

 

 

シンプルで飾らない言葉選びが、素直な神山くんらしいです。大きな仕事というと、「VBB」と「大貧乏」でしょうか。私はこの二つのお仕事が決まったとき本当に本当に嬉しかったんです。「VBB」は地元近くでの公演が無かったため観劇することはできませんでしたが、大千穐楽が始まる瞬間は授業中にひっそりと目を閉じて、カンパニーの無事を祈ってました。「VBB」のレポを見るたび、神山くんが外部の舞台で頑張ってる様子を想像して、勇気をもらっていました。観劇した知り合い(演劇好き非ジャニヲタの男性)も神山くんについて「頑張ってたよ、面白かった」という言葉をくれて、自分が褒められているような気持ちになりました。先日「大貧乏」の出演が決まった朝は、とてつもなくスッキリ目覚めました。神山くんの活躍を、神山くんの演技をこれから3か月も見れるんだと思うと嬉しくて嬉しくて、ニヤケが止まりませんでした。必死に口元をスヌードで隠して登校したんです、多分変な奴だと思われてます。

神山くんは今年、周りの人にたくさんのおめでとうを貰ったんじゃないかな、と思います。そして私のようなファンがめちゃめちゃ喜んでることも分かってくれていて、感謝の言葉をくれました。感謝したいのはこっちです。大きな仕事を勝ち取ってくれてありがとう、活躍してくれてありがとう、その姿を見せてくれて、勇気をくれてありがとう。そう伝えたいです。「24から感謝届けます」というタイトルがついていましたが、感謝はいつだって届いてるんです。だから私は今回のドーム公演で、感謝をお互いに伝え合えたんじゃないかな、って勝手に思ってます。

 

 

「会いたいときに会える関係じゃないけれど」会えた時には全力で笑顔になれる関係。神山くんにいいことがあれば本人と同じくらい喜ぶし、神山くんが苦しい顔をしていたらこっちも苦しくなるし、神山くんがキラキラした姿を見せてくれたら、こっちもキラキラした気分になれる。神山くんと私たちファンはそういう関係です。もちろん彼はアイドルで、プライベートや裏側までは見えません。神山くんがアイドルとして全力で頑張っている姿を見て、応援する。そんなシンプルな関係性です。アイドルとファン、そんな分かり切っている関係性ですが、私はアイドルにたくさんの勇気や煌きをもらってきました。だからこれからもたくさんのものを貰い、応援という形で感謝を返したいんです。私ができることはそんなもんです。これからもそんなもんを自分のペースで頑張っていきます。神山くんが頑張り続ける限り、輝き続ける限り。

 

 

最後に。

神山くんに出会えてよかった。ありがとう。

 

辛気臭い記事書いてごめんなさい。この感情を書き留めておきたかったんですが、結局言葉にするのは難しすぎました。でも神山くんへの感謝の気持ちは少しでも書けたかな…

 

 

おわり。